Trans Eurasia Express since 2002

 
is a quarterly articles series, now kindly hosted by H.I.S. London (until No.49 by H.I.S. Touristik Deutschland GmbH) on interesting trains and other means of transportation in Europe, Asia and other corners of the world, with technical, historical and cultural interests. All photographs, sounds and videos are taken by the author unless otherwise expressly mentioned.

Mikio Tanaka

 
     
   


 
72. ビジネスクラス戦国絵巻

ー コロナに負けるな ー
Short History of Business Class Seats
今回の撮影地: 日本 アメリカ イギリス


左上:日航Sky Suite I、右上:中華航空Premium Business Class、下:全日空The Room
The state-of-the art full-flat business class seats (“BCS”) during the 2010’s of JL, CI and NH.

昭和も遠くなりにけり — 乗物の快適さは大量輸送が至上命題だった昭和の頃とは比較にならないが、今世紀に入り接客設備で最も進歩著しいのが長距離国際線用ビジネスクラスシート(長いので以下BCSと略記)だ。機内の限られた空間を有効活用し、かつ座席数をなるべく犠牲にせずに快適な環境を提供するという、相互に矛盾する難問に多くのシートメーカーや航空会社が挑み、BCSは配置も複雑になり、SF映画並みに仕掛けだらけになり狭い空間を無駄なく利用し尽くした空中の箱庭のようになった。2000年代のライフラット化、2010年代のフルフラット化と進化し、2020年代は愈々個室化かというところでコロナ爆弾が炸裂した。この機会にBCS進化の略史と現在の到達点をまとめてみる。



上:古絵葉書のB727パンナム機。右下:日産NV200タクシーがヘルムズリー・ビル(左下手前の古典的
高層ビル)内のS字アプローチを駆け上る。パーク街はここで上下線が分かれ、同ビル背後のメットライフ・
ビルとその先のグランドセントラル駅を東西から挟むパーク街高架道Park Avenue Viaduct(NY市ランド
マークに指定)となり、マンハッタンで最も楽しい道路だ。地下には上下二層構造の鉄道トンネルが走る。
It was the Pan American Airways who first introduced the business class.
1 ビジネスクラスの始まりと発展
 

NYミッドタウンでパーク街を塞ぐように屹立するメットライフビル(左下)は竣工当時世界一高いオフィスビルで、1981年にMetropolitan Life保険会社[註1]に売られる迄パン・アメリカン航空PAの自社ビルだった。PAは世界に先駆けて第1世代ジェット旅客機(B707とDC-8)を大量導入[註2]し、インターコンチネンタルホテル[註3]を世界展開する等、世界をリードするアメリカの事実上のnational flag carrierだった。世界のトップ企業が軒を並べるパーク街を睥睨したPAN AMロゴはその偉大さの象徴だった。パンナムビル(当時)はその屋上とJFK空港を結ぶヘリコプター・シャトルサービスがあった事でも有名だが、死傷事故で中止された点については第60話でご紹介した。

 
[註1] その後同ビルは更に転売されたが、ビル名はそのままだ。
[註2] 速度が半分で輸送力も小さいプロペラ機を飛ばしていたライバル航空会社は、これらジェット機材を確保するまで大打撃を被ったという。大西洋横断交通は1960年代にジェット化されるまではタイタニック号のような客船の方がシェアが高かったというから驚きだ。
[註3] その後同ホテル株は売られ、今日InterContinental Hotels Group PLCはホリデイ・インやクラウンプラザブランド等も含め総部屋数世界最多のホテル運営会社に成長している。


B747は-400(時刻表では744と略記)以降拡大した2階席が入るコブと、一階席最前方の客席窓がもう少しで
前方が見えそうな位鼻先アンテナ近くまで回り込んだデザインが特色だ。オイルショック前の設計当時は将来の
長距離旅客機の主流は超音速機(第59話参照)に移ると考えられていた為、その際はノーズドア付貨物機に改造
し易いよう予め操縦席を2階に上げたそうだが、杞憂に終わった。右中のノーズドアの写真はWikipediaより引用。
The background of the introduction of business class is the sharp decline of economy class
tickets after gigantic B747 started its operation, and those who purchased the tickets at “official
price”, many of whom were business travelers, needed some preferential treatments.

1970年代、航空業界に三大変化が起きた。①米国で始まった航空自由化、②巨人機B747[註4]の大量導入、そして③オイルショックだ。競争激化と座席の大量供給はエコノミー席(以下ECS)の価格破壊を招き、所謂正規運賃客の不公平感解消の為に国際旅客輸送のリーダー格だったPAが始めたのが主に出張客を念頭に置いたビジネスクラス[註5]で、他社も倣い長距離国際線の3クラス制が普及した。また今後長距離国際線の主役になると考えられていた超音速機は航空燃料の急騰で商業性を失った。アフターバーナーを轟かせ約3時間で大西洋を横断できたコンコルドはファーストより高運賃ながら新幹線普通席並のシートで足りたが、亜音速機による長時間フライトではそうはいかず、シートの快適さが重要になった。特にBCSは当初ECSとほぼ同じ構造で機内食等の付随サービスで差を付ける程度だったが、客単価が大きく収益向上に貢献する事がわかり、各社共BCS改良に注力するようになった。

[註4] 1969年初飛行のB747は改良されつつ半世紀以上製造され、1500機以上売れた超大型機のベストセラーだ(最大の顧客は113機も発注した日航だった)。世界各地に高規格の空港が次々と整備され、また燃費の良い双発機の技術的信頼性が向上し長距離洋上飛行が可能になった為B787等の中型双発機によるpoint to point輸送が広がり、巨人機で大空港同士をつないだ上で乗り継ぐhub & spoke方式が減り巨人機の時代は去りつつあるが、高嶺の花だった空の旅を大衆化させたB747の功績は、その巨大な図体以上に大きい。
[註5] PAはファーストとエコノミーの間のこの新クラスをClipper Classと称したので、以降ビジネスクラスの搭乗券の記号は「C」となった。エコノミークラスの記号をYと定めたのも同社で、EconomyのEを使うとFirstより前に来るので最後の文字のyを用いたという。PAは超一流企業の高コスト体質を競争時代に適応できず1991年に倒産したが、同社の足跡は今日も世界中の搭乗券に残っている。


北鎌倉のE217系。この脱稿日時点の横須賀線の主は、先代113系に比べ普通車のセミクロスシート車は減り、次
世代のE235系では遂にゼロになる反面、グリーン車では各座席へのコンセント取付等の改良がなされる予定だ。

爛熟期を迎えた交通機関は航空機だけではない。地表交通でも乗車自体を目的にしたクルーズトレインは花盛り、またJR東日本は都心経由の長距離直通運転を行うようになった普通近郊電車にグリーン車を連結した路線を激増させ2023年末からは駅間隔の短い中央線にすら連結する勢いだ(かつては東海道線と横須賀線のみ)。反面、普通車は短距離通勤電車同様の4扉ロングシート車化が進み、2020年から横須賀線に導入予定のE235系では普通車は全ロングシート化される。これは航空機がBCS以上を大改良する反面、ECSは台頭著しいLCCに対抗して薄くし間隔も詰め経済的大量輸送に徹底しているのと平仄が合う。少子化も見据え、多くの交通機関で2極化[註6]が進行中だ。

[註6] 2極化といっても程度問題がある。厳しい競争に晒されている航空業界ではECSでも個別モニターの充実等の改良に努め、またJR西は並行私鉄と競って追加料金無しのクロスシート車による高品質輸送を行っているのに対して、長距離路線を単純に通勤電車化すると着席も困難だし座れても立ち客に邪魔されて景色も見えない。座って景色も見たければグリーン料金を払えというJR東のビジネスモデルは、首都圏の放射状幹線をがっちり押さえる独占企業体として横綱相撲と言えるだろうか。


上:BA初代フルフラットシートの初期型は中間仕切りが扇状目隠しで通路側は窓の光が入って来な
かったが、後に電動の半透明樹脂製に交換され明るくなった。右下:斜め上のコンコルドの画像を見
上げる。20年前のモニターはかくも小さかったが、寝転びながらでも見れるよう角度調整ができた。
The trend of BCS was ”angled lie flat” during the 2000’s, and “full flat” during the 2010’s.
BA was the pioneer in that it started to offer full-flat BCSs in as early as 1999.

2000年代は体は伸ばせるが床と水平にはならない傾斜付ライ・フラットangled lie-flatのBCSが普及した。ベッドのように完全に水平[註7]になるフルフラット化が普及するのは2010年代に入ってからだ。かつて日航が1978年にB747二階にスカイスリーパーと称するベッド席を設けたがファーストクラス運賃+追加料金というとんでも価格だったので数年で廃止された歴史があり、飛行機、しかもBCSでフルフラットというのは論外の贅沢だった。

 
[註7] 飛行機は浮力を得る為に水平飛行中も完全な水平では無く約3度頭をもたげて飛んでいるので、前向き座席の場合フルフラット時はその分だけ足先を下げて対地表で水平になるように工夫している、とどこかで読んだがソースが見つからない。
 
2 オフセット相対式配置
 

これに初挑戦したのが英国航空BAで、初登場は前世紀の1999年というパイオニアだ。筆者はこの衝撃に目が眩み出張先はドイツが多いにも関わらずワンワールドに乗り換えてしまった(今はスターアライアンスでもフルフラットが当たり前になった)



オフセット相対式座席配置。下は境界線のパーティションを下げた状態
(左)と上げた状態(右)で、境界線がS字に湾曲しているのがわかる。
BA’s unique full-flat-seat unit offers an off-set face-to-face seating with a privacy
panel. Although the 2-4-2 seat configuration was too close from today’s standard,
the fully flat BCS was unbeatable when it was first launched in 1999.

BA方式のミソは人体の幅が上半身より下半身が狭い点に着目し、甲乙2人1セットの席をベッドモードでは甲乙が逆向きに寝て甲の胴体の隣に乙の脚が並ぶようにした点だ。従って座席モードでは甲乙はややはす向かいで相対する形になる。幅広機材では2+4+2と今の感覚では詰込設計だが、当時常識外のフルフラットを実現する為には定員維持は至上命題だったのだろう。両窓側と中間2席は後ろ向きだが、離着陸時もややリクライニング状態が定位置なので楽だ。隣席をまたがずに通路に出れる席の比率は50%に過ぎなかったが、当時は全てが眩しかった。

 
3 単純千鳥配置
 

通常サイズの座席を全席正面方向で千鳥配置して、座席と、同サイズのテーブル(フルフラット時に後席客の足が入る)を交互に並べるシンプルな方式だ。



右下:左側010席の場合はB席と表示されるが、実はこのように左右にテーブルがある窓側席である。
A simple staggered searing arrangement (AY)

これはフィンエアーの例で、座席配列は010+101+01、次の列が逆に101+010+10で、通路側率は2列8名中7名の約88%だ。閉塞感は無い反面プライバシーも余り無い点や北欧らしいシンプルなデザインは好みの問題だ。右下:この方式では最前列前の壁に蹴込みさえ作っておけばその上は収納として使える。全日空の初代フルフラットシートもこのタイプでstaggered seat(ずらし席)と称した。単純千鳥型では固定テーブル(=後席客の足置穴兼用)の幅が座席幅と同じという大味設計なので座席幅が十分に取れない反面、010型の組席では固定テーブルの合計幅が座席の倍もある無駄な空間が生じる。

 
4 箱庭形千鳥配置
 

全席前向き千鳥配置という基本構造を維持したままで単純千鳥配置の上記問題点を解消したのがこの方式だ。



この方式のベッドモードの様子は本稿冒頭の写真左上に組み込んだ。
Staggered seating arrangement with more privacy and less dead space (JL)

フルフラット化で出遅れた[註8]日航は2012年の再建(9月に東証再上場)後矢継ぎ早に3種類のフルフラットBCSを投入したが、第1号のSky Suite I (2013~)が欧米線用のこのタイプだった(II・IIIは中距離用で、それぞれ単純千鳥配置と逆ヘリンボーン配置)。足を前席テーブル下に突っ込むというアイデアを諦めた代わりに無駄に大きい後席客足置穴兼用固定テーブルを廃止し、そこで捻出したスペースを座席幅拡大とパーティション設置に用いたものだ。囲繞地通行の発想で奥席の乗客の為に通路に面した座席の前後に「路地」のような隙間を設け、通路側率100%も達成した。

[註8]  2002年登場の先代BCS、シェルフラットシートはその発展形のネオシリーズも含めライ・フラットで水平にできない。似たデザインのシートが中国新幹線CRH3(ドイツのICE3初代がベース)の商務座で用いられているのを第11話末尾でご紹介したが、こちらは電車なのにフルフラットになる。


右上(横臥時目線)・下(起立時目線):水平飛行中は仕切版
を上げるので、広幅機の最中間席は昼夜とも谷底状態だ。
Panels and panels: JL’s “Sky Suite I” looks lie a maze.

各座席は仕切りで囲われているので、ビジネスキャビンは迷路みたいだ(左上)。B787のような中幅2通路機では2-2-2だが、B777のような広幅2通路機では2-3-2配置なので、最中間席は四方をパネルに囲まれる。一度試してみたが圧迫感が半端なく、大型モニターが無ければ厳しかったが、窓側席も含めプライバシーは◎だ。もしコロナが長引けば「パネルに囲まれ感」が逆に安心感を提供してくれるだろう。 このSkysuite Iは航空会社や空港の格付けを行っているSkytrax社の2013年度The Best Business Class Airline Seat賞を受賞した。

 
5 ヘリンボーン配置
 

これはherringbone(鰊の骨)式という1-2-1の斜め配列方式だ。



右下:ベッド状態にしてからやり残した仕事を思い出すとこんな構図になってしまう。
All pax stick their soles towards the corridor at the first
generation of the herringbone seating arrangement (CX)

妙な名称の由来は、キャビンを真上から見て通路を魚の背骨に見立てると魚骨のように見えるからだが、なぜ鰊なのかは謎だ。プライバシーは守られ通路側率100%だが、上半身が窮屈で余り普及しなかった。写真はキャセイ航空CXの例。

上:この初期ヘリンボーン式だと通路に向けてずらりと他人の足裏が並び、何となく雑魚寝感があった。窓に斜めに背を向けて座るので、窓側席でも映画エクソシストのように首を回せないと景色は見えない。また斜め配置の宿命で、最前列や最後列では無駄なスペースが生じる(左下)し、非常口前にヘアピンカーブができてしまう(右下)

 
6 逆ヘリンボーン配置
 

上記「鰊の骨」を改良したのがこのReverse Herringbone方式だ。通路側率100%の1-2-1の斜め配置はそのままに、乗客は窓側席では窓方向を、中央席では最中央を斜めに向く。



左下:この座席配列のキャビンは、仕切りの放列がさざ波のようで美しい。
右下:景色も見え特に左側A席では左斜め光線で読書や作業には最適だ。
The well-balanced reverse herringbone seating arrangement
has become very popular during the 2010’s (CX and MU).

千鳥座のアイデアも取り入れて後席客の足を前席固定テーブル(引き出し型テーブルの格納庫も兼ねる)下に入れるという空間の有効利用も行ったのでスペースに余裕ができ、幅の広い上半身部分の圧迫感が少ない。また初期ヘリンボーンの足裏を通路に晒す問題も解消され、バランスが良いヒット商品となり、写真のCX(上)・中華航空(CI、本稿冒頭写真右上)・中国東方航空(MU、左下)を始め日航(Sky Suite III)、ルフトハンザLH等多くの会社で採用されている。フルフラットの宗家BAは、20年の熟成期間を経てBCSをドア付逆ヘリンボーン個室に一新する予定だ。



左下:MUのベッドモード。足の先端部分が前席テーブル下の穴に斜めに潜り込んでいる。
Reverse herringbone at night (MU)

左下:フルフラット時は頭が通路に面するが、顔の部分はカバーで隠れるようになっている。初期ヘリンボーンより上半身部分のスペースが明らかに広い。右下:天井を見上げるとこんな感じの斜め世界だ。筆者の職場では初期ヘリンボーンを「ホネ」、このリバース・ヘリンボーンを「逆ホネ」と呼んでいる。

 
7 変形ヘリンボーン配置
 
とでも形容すべき派生型も現れた。全席通路側の1-2-1斜め配置までは同じだが、前後ワンセットの座席は逆向き配置というものだ。




Another variation of herringbone – The legs will not dive into the territory
of the neighboring passenger, but it is not so spacious around the upper
body as compared with the reverse-herringbone seats (AA).

足先を前席固定テーブル下に潜らせる空間有効利用をやめた為、足上の空間が広い反面上半身部分に十分なスペースが確保できず、寝返りもうち辛かった。これは上半身部分か足の上、いずれの余裕を重視するかという決めの問題だ。筆者は前者だが、足を横穴に入れるのに抵抗がある乗客もいるのだろう。左はアメリカン航空AAがこのタイプの新BCSを丸ビルホールで展示した際に上階から撮影したものだ。両席が完全に切り分けられ、「潜り込み」部分が全く無いのがわかる。右上:実機。右下:2010年当時の同じAAのファースト。分類的には「逆ホネ」で、現在の「逆ホネ」BCSより多少ゆったりしていたが足先の潜り込みは無く(ここはAAのこだわりなのかもしれない)、快適さは現在の「逆ホネ」BCSと変わらない。10年でビジネスがファーストに追い付いた印象だ(現在はドア付個室に移行)

 
8 オフセット相対式ドア付個室
 

改良続くBCSに追い上げられたファーストクラスシート(以下FCS)は個室化で対抗した(食事面ではキャビアの有無)。しかしファーストの設定の無い2クラス制路線の多いカタール航空QRはその一線をも越えた。



上・右下:パネルがThe Roomより薄くても強度が保てる秘密は、その波型の加工形状にあると見た。
下半身が狭い人体形状に合わせパネル下部は通路側に張り出し、着席客の肘近辺の空間を稼ぎ出す。
左下: Qsuiteの個室ドアはぴったり閉まって落ち着きが良い。ドア左上隅に非常解扉レバーが見える。
QR’s Qsuite, a cabin with a door designed by PriestmanGoode, offers complete privacy

2018年登場のQsuiteというBCSは1-2-1配列で全席通路に面したドア付個室だ。日航はFCSですらドアは無い。オフセット相対式とする事により足は向かい合わせ席の固定テーブル下に突っ込む方式で前後長を節約し、辛うじてFCSとの差を保っている。中間列左右2席は仕切りを外してダブルベッドにする事もできるし、向かい合わせ席との仕切りも外せば4名の会議室にする事もでき、実に良く考えられている。航空会社勤務の元同級生から90秒ルールは大丈夫なのかというコメントを戴いた。これは半分の非常口で事故発生後90秒以内で乗客・乗員全員脱出可能な構造を求める、米連邦航空局FAAが定め多くの国が倣った安全基準だ。確かにドアを開く手間はあるが、この配列だと人口密度が低いので大丈夫なのだろう。手動でカラッと一瞬で開く上、衝撃で万一ドアが引っかかっても簡単に蹴破られる薄型パネルを採用しているQsuiteの方が、分厚い自動ドア付のファーストよりこの意味の安心感がある。



Bottom: Qsuite at night

ドアを閉めると昼は雲上のミニ書斎(上)、夜はミニ寝室(下)となる。このQsuiteを担当したPriestmanGoodeという産業デザイナーは素晴らしい仕事をしたが、画竜点睛を欠くとすれば赤色照明がきつ過ぎる点だが、QRのコーポレイトカラーだし、些事である。BCSとしては脱稿日時点の最高峰と言って良く、Skytrax社のBest Business Class Airlines部門の格付けで2017年から3年連続トップに輝いている。



“The Room” of NH also goes to the same direction as Qsuite.

日本勢も負けていない。2019年夏からまず英国線(最初のフルフラットBCSがBAだった事といい、バージンやCX等英国系の会社がすぐそれに続いたように、英国は睡眠の質を重視するのだろうか)から全日空NHも文字通りThe Roomと称するドア付個室BCSを投入した。居住性はQsuite同等のBCS最高ランク、色合いも落ち着いていて好感が持てた。The Roomのドアは独特だ。左上:全開状態➔右上:手摺上の「窓」のみ閉じた状態➔中:扉も閉めた状態。Qsuiteと異なり隙間が残り、消灯すると結構目立つのは気になった(中右)。右下:ベッドモードで天井を見上げた様子。FCS並に広幅だ。



The business cabin (top, NH) is only half long as the first-class cabin (bottom, JL) by mutually
sharing the leg spaces through creating a tunnel below the table of the neighboring passenger.

QRのQsuite同様、オフセット相対式ドア付個室は1+2+1配置の広幅シートを奢り、この点で遂に日航やNHのFCSに追いついてしまったが、専有部の前後長はFCS(下は日航の例で窓4枚分強)の約半分(窓2枚分強)だ。冒頭にご紹介したBA方式も含め、オフセット相対式はファースト約1席分のスペースを「下半身幅<上半身幅」という人体形状を活用して2名で逆向きに寝て分け合う2席1組の発想は同じだが、両名間の仕切パネルの設置方向が90度違う。即ちBA式がFCSを縦に細長くS字スライスしたのに対して、QR・NH式は中央で横に仕切パネルで羊羹切りしてその下に両方向から足を収容する横穴を各1本設け中央部分を「複線化」して空間を節約しつつ、上半身は余裕で寝返りを打てる広さを確保した。

 
9 ファーストはどこへ行く
 

BCSがここまで向上するとファーストを廃止してビジネスとエコノミーの2クラス制に移行(見方を変えればBCS登場以前のファーストとエコノミーの2クラス制に戻ったとも言える)したり、差が開き過ぎたビジネスとエコノミーの間隙をプレミアムエコノミーで埋めた4クラス制にしたり、路線の特性に応じて各航空会社の対応は様々だ。BCSの2020年代のトレンドが個室化だとすればFCSを残す場合どう差別化するのか興味深い。



Since the BCSs are rapidly improving, some first-class seats (“FCSs”)
that have become obsolete are downgraded and used as BCSs (CI).

FCS がBCSの進歩に追い付かないと、ファースト時代の装備のままでキャビンごとビジネスクラスに格下げされる事もある。鉄道の世界でも、陳腐化したグリーン車が普通車扱いで開放される(鉄道隠語で「サロ格下げサハ」等と呼んだりする)事があるが、その国際線版と言える。これは中華航空(台湾)の懐かしいB747(日本では貨物機だけになった)で、BCSが木目の洒落た逆ホネに一新され(上)、同じく逆ホネの元FCSがビジネスに格下げされていた(中・下、国鉄時代の称制では内燃機関付車両をキ、1・2・3等それぞれをイ・ロ・ハで表したので「キイ格下げキロ」という所か)



上:中間列の個室から右列の個室を見た様子。左下:右手の壁の中にはパナソニック製のフェイク窓表示装置
が組み込まれている。右下:ビジネス席から見たファースト区画。BCS3席弱の幅をFCS1席で使う贅沢さだ。
One solution of FCS in the 2020’s to differentiate itself from BCS – EK’s B777
offers completely separated private rooms, and even the mid-row rooms have
Panasonic’s fake windows that display the actual view taken by external cameras.

新FCSの一つの方向はエミレーツ航空EKのA380機内シャワーサービス[註9]第69話参照)やCAさんによるベッドメーク等の付随サービスの拡充だが、長時間移動最大のポイントであるシートで勝負するのが王道だろう。とは言え個室ドアを手動片開きから電動両開きにする程度では価格差を正当化できまい[註10]。そこでファースト客の多いEKは遂に1-1-1式完全個室に飛躍した。これまでは個室というよりブースで天井は開いていたが、壁もドアも天井まで届く完全隔離で、快適なうえ他の乗客からの飛沫感染の虞も無い。しかも中間列の個室にはフェイク窓を付け、機外カメラの画像[註11]を常時表示する事により中間列も含め何と全室窓側となった。日航国際線2000年代の頂点、スカイスリーパー・ソロが9席入った空間に6席しか入らないのだから運賃にも跳ね返るだろう。ここまでくるとファースト客はGulfstreamのようなプライベートジェットにするか迷う客層か、筆者のようなアップグレード組かに収斂するかもしれない。かように接客設備の発展はめざましく、2020年代の空の旅は各クラスどこまで進化するのか、大いに期待していた。

 
[註9] A380後継のB777では平屋機に給湯設備や大型水タンク設置は困難なのかコストが見合わなかったのか、シャワーサービスは廃止された。
[註10] EK等採用例は多いが、トイレ利用時間帯が集中する傾向がある航空機では、ドアがゆっくり開いている間に他客に先を越されてしまう事もあるので有難迷惑な装備だ。化粧とかで長居されている間に着陸態勢や乱気流の為トイレ使用禁止になったりするミニ不運は皆避けたいからだ。
[註11] しかし雲上の景色は単調なので、ここまでやるならオーロラを表示させたり宇宙空間モード等にも切替可能とか、フェイクに徹すると面白いと思う。


2009年5月4日、成田到着後降機前に防護服姿の検疫官がどやどや入って来たが、当時はランダムに
検温して30分前後で終わったように記憶する。この5日後、同じ成田空港で日本国内初の新型インフル
エンザ感染者が確認された。B747の階段や、当時は豪華に見えたシェルフラットシートが懐かしい。
日航はこの8か月後に会社更生手続申請、その後見事復活して東証再上場と、正に10年一昔だ。

ところが、新型コロナである。上記の写真は11年前の新型インフルエンザ2009H1N1発生時、NYから成田に戻ったジャンボ機の機内検疫の様子だ。この時の経験を元に制定された新型インフルエンザ特別措置法が、今回の新型コロナウイルス緊急事態宣言の法的根拠になっている。筆者は米国に余り縁は無いのに、国内・国外含めてコロナ前最後の出張は2020年1月末のNYとんぼ帰りで、これも何かの縁か。その後多くの便がキャンセルされ、観光庁の統計では2020年3月の訪日外国人は前年比93%減だったという。大火事が欧州から米国大陸、更にインドへと燃え広がっている脱稿日現在、ダイヤの正常化時期やコロナ後の国際交通がどういう風景になるのか、治療薬やワクチンがいつできるかにもよるので予測がつかない。



2020年GWの日航のHP画面。当面の間社会的距離を確保すべく非販売座席を
設けた為、定員は国内線では2/3、搭乗時間の長い国際線では半減しており、固定
費の比率の高い航空産業にも拘わらず乗員乗客の健康を守る努力には感謝である。
Emergency measure to keep social distance on board (JL)

個室化しつつあるBCSは、ハード面では既にコロナ対策済といえよう。報道ではECSも小型パーティションの導入が検討されているようだ[註12]。乗客一人当たりの専有面積が拡大しても合理的価格を維持できたのは航空機の燃費改善のお陰でもあったのだが、コロナ対策が重量増に直結すると燃費改善分を吹き飛ばしかねない。また、多くのビジネス客がこの数か月でウェブ会議にすっかり慣れてしまったので、もし海外出張そのものの需要が減るなら客単価を上げざるを得ず、それが更に乗客減を招かないよう、各航空会社が難しい判断を迫られているのは想像に難くない。空の旅が高嶺の花だった、B747登場以前の昔に逆戻りしたら人類的損失だ。

 
[註12] 既存機材での2020年お盆の多客期対策として、「密」回避の為に遊んでいる国際線用大型機材を国内線用に投入する計画があるとの報道に接した。国内線はファーストクラスでも国際線用プレミアムエコノミー席を加飾し座席間隔を少し伸ばした程度なので、この扱いは上級クラスほど費用対効果が極めて大きいラッキーフライトになる。


上:700名超の集団感染が発生したダイヤモンド・プリンセス号。中:第51話でご紹介した現存世界最古の埠頭
鉄道(機関車は車齢103年)背後の大型クルーザーは上記の姉妹船、ルビー・プリンセス号だ。撮影の6年後の
2020年3月、この王女様でも新型コロナウイルスのクラスター感染が数百名単位で発生し、18名が亡くなった。
下:何事も硬直的だった国鉄時代に、急行専用車153系を投入し世を驚かせた2代目新快速(1972-80、模型)。
Diamond Princess in Yokohama (top) and Ruby Princess in Southampton (middle)

これまでも天災が交通市場を一変させた例があった。鉄道が3線並走する京阪神地区では昔から速度と設備を競っていたが、1995年の阪神淡路大震災後並行私鉄より数か月早く復旧したJRを長期間利用した私鉄長距離客はJR新快速の速さを実感して私鉄復旧後も戻らず、遂に京阪と阪急は都市間高速輸送市場から撤退、特急停車駅を大幅に増やして沿線客をこまめに拾っていくビジネスモデルに転換した。しかし今では「ニューノーマル」の中で発展し、阪急の「京とれいん雅洛」のような坪庭やミニ枯山水付の素晴らしい通勤電車を世に出すに至っている。航空業界のコロナ被害は地震より大きく態様も異なるが、BCSをここまで発展させた叡智を傾ければ必ずや克服できる筈だ。現在は厳しいだろうが、統合などせずに競争状態を維持したまま乗り切って2020年代の一層の発展を望む。更に進化したBCSに乗れる日を心待ちにしている。


準急ユーラシア、次の停車駅は未定である。
Next stop of the Trans Eurasia Express: Unknown
(令和2年6月 / June 2020)
 
 
     
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本連載の画像・音声・動画は引用注記の無い限り筆者が撮影・録音。
資料は各脱稿日現在の該当会社・団体のHP、WikipediaWebsite über die schnellsten Züge der Welt 各所掲のデータを参照したもので、それ以上の検証は行っていない。
意見にわたる箇所は全て筆者の私見である。
   
 
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