Trans Eurasia Express since 2002

 
is a quarterly articles series, now kindly hosted by H.I.S. London (until No.49 by H.I.S. Touristik Deutschland GmbH) on interesting trains and other means of transportation in Europe, Asia and other corners of the world, with technical, historical and cultural interests. All photographs, sounds and videos are taken by the author unless otherwise expressly mentioned.

Mikio Tanaka

 
     
   


 
74. 箱根登山鉄道の和魂洋才

ー スイスの縁と塔ノ沢のエキナカ神社 ー
Unique Features of the Hakone Tozan Railway
今回の撮影地: 日本 スイス ギリシャ


神社と融合した塔ノ沢駅をユーロデザインのアレグラ号が発車する
A Euro-Japanese combination - Series 3000 with its European design
departs Tōnosawa Station to which a shintoistic shrine is attached.

1 箱根登山鉄道瞥見 / The Hakone Tozan Railway (“HTR”) at a Glance
 

無数の噴火[註1]に上書きされ続けた複雑な地形を縫う箱根登山鉄道線は変化に富む。小田原を起点[註2]に少しずつ高度を上げ、外輪山東端の箱根湯本からカルデラ内に入ると急勾配が増え(小田原~箱根湯本間(線名は同じ)と区別して以下「登山区間」という)、強羅からはケーブルカーで早雲山[註3]へ、更に同じ小田急グループの箱根ロープウェイで芦ノ湖畔に下る。同鉄道は箱根湯本と東海道線国府津駅を小田原経由で結んだ小田原馬車鉄道[註4]が前身だ。

 
[註1] 箱根はのんびりした温泉保養地という印象だが、噴火の前科多数で特に6.5万年前の大噴火では火砕流が三浦半島に達し、東京に石を20cmも降らせた凶暴な火山だ。真鶴半島も箱根から流出した溶岩流でできたものだ。
[註2] 小田原~箱根湯本間は広軌の登山電車と狭軌の小田急車の双方が乗り入れられるよう一時期3線軌条だったが、現在は狭軌に一本化され(整備工場のある入生田・湯本間を除く)小田急線の一部のような運行がなされている。
[註3] 小田原を拠点に関東を支配した戦国大名、北条早雲に因んだと想像するが、そういう解説を見かけない。
[註4] 1888年設立。丹那トンネルを掘る技術も資金も無かった明治時代、東海道線は箱根を北に迂回する今日の御殿場線ルートで建設された為、小田原は鉄道ルートから外れてしまった。


上:SBの度に運転手と車掌は持場を交換する。左下:唯一乗降可能なSB駅
・大平台に、車齢100歳超のモハ1形が老骨に鞭打って急坂を登ってきた。
There are three switchbacks to overcome the 445m-difference in elevation
during the 8.9km-mountain section between Hakone Yumoto and Gōra.

僅か8.9㎞の登山区間の高低差445mを稼ぐ為、強羅側から上大平台信号場(上)・大平台駅(左下)・出山信号場(右下)の3か所でスイッチバック(以下SB)を行う。乗降不可の信号場に通じる道路は無く、草木を掻き分けて辿り着いた熱心な鉄道愛好家が金網越にSBを撮影している。運転席背後から安直な撮影をしている筆者とは大違いだ。

左:SBから上下分岐を見る。左の登り線が下り強羅方面、下っていく右が上り箱根湯本方面だ。中上:SB最奥の架線柱。右上:80‰勾配標識の脇を登る強羅行。右下:発車早々一本調子で上昇し先程いたSBが架線ビームに隠れていく感覚は、上りエスカレーターから後ろを振り返っているようだ。


早川橋梁両端のトンネル内も急勾配だ。塔ノ沢~大平台間はSB・歴史的鉄橋・立体的景観と1駅で3度おいしい。
The Hayakawa Viaduct is famous for its classic truss bridge originally imported from the UK in 1888.

早川にかかる通称「出川鉄橋」は第一次大戦中の建設当時物資不足で橋桁の新造ができず、東海道本線天竜川鉄橋の架け替えで不要となった英国製の古いX字形トラスを再利用した。当初は箱根の玄関に中古とはと不評だったが、今は山中にクラシックな橋だけが浮く奇観が同鉄道最大の見所となっている。上辺も鉄骨で囲まれているが、電化前の規格で天地が低く通常の架線を吊る高さが無い。小断面トンネル用の剛体架線に押し付けられたパンタをほぼ畳んだ電車が窮屈そうに通り抜ける。

 
RhBラントヴァッサー橋
(Landwasserviadukt)
箱根登山鉄道 早川橋梁
(通称「出川の鉄橋」)
架橋年 1902年 1917年
(躯体そのものは1888年にまず天竜川に架橋)
長さ 141.7m 61m
峡谷からの
最大高
65m 43m
橋部分の勾配 20‰ 水平
線形 曲線(∅400m) 直線
構造 6連アーチ石橋 ダブル・ウォーレン形
トラス鉄橋
適用 UNESCO世界遺産 現存日本最古の鉄道橋。
かながわの橋100選、
登録有形文化財、
近代化産業遺産。
 

上記は早川橋梁をRhB(後述)のラントヴァッサー橋とざっくり比べたものだ。建設当時の写真Wikipediaから引用)では丸太1万本で組み上げた足場もX字形に補強され妙に平仄が合う。この巨大な寄木細工の上端に人数が見えるが、蚤の心臓の筆者にはこの上を歩く度胸は無い。杞憂では無い証拠に、この足場は架橋完了直後の暴風雨で崩落したという。タッチの差でセーフだった上に足場解体費用も節約できたこの橋は超ラッキー橋でもある。

 
2 車両 / Series 3000 and other rolling stocks
 

箱根登山鉄道で主力になりつつある3000形[註5]アレグラ号(2014年~)はRhBのABe8/12 形交直両用低床電車(2009年~)の愛称を共有したものだ。Allegraはロマンシュ語[註6]の日中同格者間の挨拶で、「Cha Dieu ans allegra!(神よ我々を喜ばし給え)」の短縮形だという。音楽用語で「速く」を意味するAllegroに似ているが、登山電車なので勿論遅い(最高時速40km)。同社初のVVVF(可変電圧・可変周波数 )インバーター制御・LED照明・回生ブレーキ等の省エネメカのみならず、その美しい車体も評価され鉄道友の会ローレル賞と経産省グッドデザイン賞を受賞した。

 
[註5] 厳密には3000形は両運転台車のみを指し片運転台車は3100形だが、便宜上合わせて3000形としておく。
[註6] スイスの少数言語で、後述のグラウビュンデン州の一部で話される。


The steepest radius of curvature at the HTR is 30 m.

登山線の電車は4種類のブレーキを備え、発電ブレーキ用大型抵抗器を屋根上に設置、半径30mの急カーブをこなす為車長を15 mに抑え(JR在来線は20m、新幹線や大陸欧州の標準軌鉄道は25m+が一般)先端床下タンクから急カーブ通過時に散水して摩滅と騒音を防ぐ等、工夫に富む。



Passengers of Series 3000 can enjoy the panoramic view thanks to its glassy structure.

2000形までの車両はスイスの愛称付でも外観も車内も一目で日本車だったが、3000形は全く異なる。東海道・山陽新幹線最高の性能と美貌を誇りつつ僅か9編成で打ち切られた500系(ドイツのデザイン会社が手掛けた – 第11話参照)のようなユーロデザインなのだ。幸い3000形は500系のように佳人薄命とはならずに順調に増備中だ。



Allegra, the Series 3000 of HTR, is named after Series ABe8/12 of its twinning railway, the Rhätische Bahn
(“RhB”). Allegra is daytime-greeting in Romansh language spoken in Eastern Switzerland where RhB is based.

引込式ドアと窓部の凹凸を除けば、雨樋も廃した面一な表面、天地方向も大きな窓、屋根まで回り込んで統一感を強調した側壁等、欧州デザインを強く意識したエクステリアだ。顔は(40年以上昔の車ではあるが)パリのメトロMF-77形に似ている。



上:眺望を良くする為に棚を廃止し、荷物は悪天候時も濡れないよう足元の台に置く工夫がなされ
ている。開閉可能な一段下降式窓からは山の爽やかな外気を取り入れる事ができる。下:車端妻部
に面して座席が置かれる例は珍しいが、左右にくねる隣の車を大型窓を通して眺められて面白い。
The interior of Allegra has also European (to be more precise, Swiss) flair.

車内も①全クロスシート、②天地方向に大きな側窓、③窓上肩部の埋込照明が白い天井を照らし上げる準間接照明、④冷房吹出口を細い1本のスリットにまとめて目立たせず③との相乗効果ですっきりした天井等、明らかに欧州車的美を指向する。



Series 1000 of HTR (top) and of Odakyu (bottom), the ultimate parent company of HTR,
with the same color scheme as RhB’s Bernina Express. Although HTR cars are monoclass,
the coloring incudes yellow line which means the 1st class in continental Europe incl. RhB.

上:ドイツで交通赤Verkehrsrotと呼ばれる朱色をベースにドアを白やグレーで目立たせる塗分(暑苦しいが英国の黄色顔同様、警戒色という意味もあるのだろう)はドイツ鉄道DBの普通・近郊列車の標準色で、スイスでもベルニナ急行等がこれに倣った。1等車は側窓上に黄色線を引く点も同じだ。箱根登山鉄道1000形(上)はベルニナ号を名乗り(中右は車内の記念銘板)同様の塗分としたが、1等車用の黄色線まで入る(同社線は普通車のみ)。下:小田原~箱根湯本に乗り入れる小田急1000形(偶然いずれも1000形だ)も同じく交通赤+黄線のRhBベルニナ急行1等車塗色だが、中身は4扉ロングシートの通勤電車だ。

 
3 RhB
 

建設に先立ち、箱根登山鉄道は技師長を大正元年に登山鉄道の最先進国・スイス[註7]のベルニナ鉄道等に派遣した結果、80‰[註8]勾配を通常の粘着鉄道[註9]で建設する事とした。師匠のベルニナ鉄道を吸収したRhBは箱根登山鉄道と日瑞相互観光促進を目的に1979年に姉妹鉄道協定を結んだ。

 
[註7] ユングフラウ鉄道Jungfraubahnが屹立する高山の岩盤をくり抜いて標高3454mのJungfraujoch駅を作ったのは箱根登山鉄道のスイス訪問と同じ大正元年だし、歯車併用鉄道の世界最急勾配記録(480‰)はピラトゥス鉄道Pilatusbahnが有し、いずれもスイスの私鉄だ(第21話参照)。箱根登山鉄道鋼索線もスイスの技術で建設されたし、箱根ロープウェイのゴンドラもスイス製だ。
[註8] 1000m行って80m上がる勾配で、粘着式鉄道では日本最急勾配だ。1編成(小型車なので3両で僅か45m)の前後で建物1階分の約3.6mの高低差ができる。現在のJR最急勾配は飯田線の40‰、ラックレール併用線日本最急勾配は大井川鐡道井川線の90‰、第47話第73話でご紹介したモノラックに至っては1000‰、つまり1000m先で1000m上がる45°までこなす山の神だ。
[註9] Adhäsionsbahn 通常の車輪が通常のレールの上を走行する通常の方式。同社開業当時日本最急勾配だった信越本線碓氷峠の横川・軽井沢間の66.7‰勾配ですら1963年までラックレールに頼っていた。


左下: 夕闇迫る雪原の表面を、車内灯の反射光が氷河急行と等速でふわふわと流れていく
Many Swiss icons at HTR – Top: the cowbells and the Christmas tree presented by RhB.
Center: A big picture of the Bernina Express and the station name plate of St. Moritz at
Gōra station. Bottom right: Series 2000 in a color scheme of the Glacier Express of RhB.

左上:RhBから贈られた樅ノ木とカウベルは現在も強羅駅にある。前者は42年を経て大木に育ったが、解説文も無く由来不明のまま伐採されないか気になった。後者の左はスイス国旗、右はグラウビュンデン州旗のワッペンだ。右上:同州旗のヘッドマークを掲出する本家ベルニナ急行。中:ベルニナ急行1等車が停車するSt. Moritz[註10]駅のようだが、実は強羅駅だ。左下:秀峰マッターホルンMatterhornが聳える現MGB(撮影した1995年当時はBrig-Visp-Zermatt鉄道 BVZ)に乗り入れる氷河急行[註11]。右下:塔ノ沢に佇む氷河急行塗色の箱根登山鉄道2000形。RhB側にも「箱根登山電車」と大書した機関車があるが、これを狙って旅程を組むのは難しい。

 
[註10] St. Moritzはドイツ語圏なのでザンクト・モーリッツだが、日本ではフランス語風にサンモリッツと呼ぶ事が多い。
[註11] マッターホルン・ゴッタルド鉄道Matterhorn-Gotthard-Bahn(MGB)のツェルマットZermattとRhBのSt. Moritz間300Km弱を約8 時間かけて直通する観光列車で1930年運行開始。森林限界より上の区間の冬季は極地のような景色で、年間利用者約27万人中約3割が日本人という(コロナ前)。


上:両端がトンネルで高い谷にかかる歴史的な橋という点で共通するLandwasser橋と早川橋梁を並べた面白い在日スイス
政府観光局のHP
(一部をキャプチャ)。下:強羅駅ホームの壁にかかるRhBのポスター。3両固定編成のアレグラ(左端)
が、見えているだけで6両のパノラマ客車を機関車のように牽引している。編成出力は箱根アレグラが3両で600KW
なのに対して本家アレグラは2600KW(交流区間)と機関車並で、実際にこのような機関車的使われ方もされている。
Two representative bridges of the twins – the Landwasser viaduct and the Hayakawa
Viaduct shown on the web page of the Grand Tour of Switzerland in Japan
Bottom: A breathtaking poster of the Landwasser Viaduct at Gōra station.

RhBはRhätische Bahnレーティッシェ・バーン[註12]の略で、レーティエンRhätienの鉄道という意味だ。レーティエンはスイス東部の現グラウビュンデン州Kanton Graubünden[註13]の昔の地名だ。神奈川県に路線網を持つ相模鉄道が(神奈川鉄道ではなく)江戸時代の旧国名・相模を名乗るような感覚だろう。RhBと箱根登山鉄道は姉妹の契りを交わしたとはいえ、下記のようにRhBはビッグ・シスターだ。

 
[註12] レーティッシュ鉄道という表記はBahnが女性名詞なので文法的に誤りだが、レーティッシェ鉄道は何となく日本語の語感的に落ち着きが悪いのだろう。有名な例ではDeutsche Bankは文法的にはドイチェ銀行が正しい(従って本国ではドイチェだ)にも関わらず、日本語表記はドイツ銀行だ。Deutsche Securitiesは一時期頑張って日本語でもドイチェ証券としていたが、不自然さに耐えられなくなったのかドイツ証券に変えてしまった。
[註13] ドイツ語圏の北部には州都ChurやSt. Moritzのような有名な冬季リゾートがある。南部はロマンシュ語・イタリア語圏だ。
 
箱根登山鉄道
《二重山括弧内は小田急直通区間》
RhB
日本土木学会・選奨土木遺産 ユネスコ世界遺産
(「RhBアルブラ線・ベルニナ線と
周辺の景観」)
鉄道区間最高地点 541m 2253m
(欧州の粘着式鉄道中トップ)
高低差 445m 《80m》 1824m
(ベルニナ線 - この激しい高低差から
同線は「durch die Schweizer Alpen
bis zu den Palmenスイスアルプスから
椰子まで」と形容される。
電圧 直流750V 《直流1500V》 交流11Kv・直流1500V/1000V
(ベルニナ線)
軌間 1435mm 《1067mm》 1000mm
路線延長 15km 384km
保有車両数 HPでもWikipediaでも総数は明記されて
いないが、電車30両前後と思われる
機関車61両(SL3両を含む)、
客車297両、電車29両、貨車489両
資本金
(CHF 1 = 120円で換算)
1億円 70億円
主要株主 100% 小田急箱根ホールディングス
(小田急電鉄の子会社)
51.3 % Graubünden州
43.1 % スイス連邦政府
 

スイス連邦鉄道SBBほぼ空白地帯のグラウビュンデン州はRhBが鉄路の主役で、三重県における近鉄のような存在だ。国際列車を含む長距離列車や貨物列車も走る為SBを避けループ線とし、スイス的には緩勾配に留め(最急70‰)300m級の長大列車(東海道線や横須賀線の15両フル編成に相当)も対応可能とした結果、氷河急行やベルニナ急行等の看板列車も長編成で運転されている。



左中下:連続アーチとその影が美しいBrusioの円形ループを下る。右上:旧型車の車両間は車掌
のみ移動可能だ。機関車役のABe4/4 51-56形電車を客車側から撮影。右下:町はずれの狭い路
地を無理矢理通過するTirano行。既にイタリア語圏でレストランの表記もリストランテに変わった。
Left: Beautiful loop at the Bernina Line in Brusio near the Swiss-Italian border.

ブルージオBrusioの円形ループ橋Kreisviaduktは美しいアーチ橋がぐるりと1周するベルニナ線の見所の一つだ。トンネルの無いオープンループ、70‰勾配、360°最小50m曲線と模型じみた線形で地面も綺麗な芝地なのでジオラマのようだ。イタリア国境が近づくとイタリア語表記と共に路上走行区間も増えトレニターリアTrenitalia[註14]に接続する終点ティラーノTiranoに着く頃には完全に路面電車になっている。スイスとイタリアは共にシェンゲン協定加盟国なのでパスポート検査は省かれ国境はいつの間にか通過するが、スイスはEU非加盟の為ティラーノ駅に税関は一応ある。

 
[註14] イタリア国鉄FSの業務を引き継いだ民営会社なので一見日本におけるJRのような存在だが、上下分離方式で運行のみを担当する。軌道は道路のような公共インフラなので上下分離が理に適う。


右下:夏季は高山美を五感で楽しめるパノラマ車(独Panoramawagen
/ 伊Carrozza Panoramica)と称するトロッコ車連結列車も運転される。
As opposed to its sister HTR whose most beautiful Tonosawa station is
located at a low altitude, RhB’s most beautiful Ospizio Bernina station is
the highest (2,253m above sea level) of all adhesion railways in Europe.

カンブレナ氷河(写真上・正面、1997年の撮影当時は夏でも湖面近く迄達していた)の雪解け水で白濁するこのLago Bianco(イタリア語で白湖)と、北隣のLaj Nair(ロマンシュ語で黒湖)の間には言語のみならずアルプス水系の分水界もあり、白湖から流れ下る水はアドリア海(伊)に、黒湖からの水はイン川・ドナウ河を経て遥か黒海(土・露)に至る。白湖に面したオスピッツィオ・ベルニーナOspizio Bernina駅は粘着式鉄道欧州最高地点(標高2253m、世界一はチベット青藏鉄路・唐古拉タングラ駅の5068m、日本一は長野県小海線野辺山駅の1346m)で除雪車格納庫もあり、箱根の妹より遥かにヘビーデューティーだ。

 
4 塔の沢駅のエキナカ神社 / A Shinto shrine integrated into a station (or v.v.)
 

その箱根には昔から神仏混淆の箱根権現信仰があり(最も高い中央火口丘は神山という位だ)、駅と一体化した神社すらある。スイス東部のワイルドな大姉・RhBで最も美しい駅が最も標高が高いのとは対照的に、箱根の妹は登山線で麓から最初の駅が最も魅力的だ。



In Tōnosawa area many historical ryokans are still operating like this Fukuzumirō established in 1890. One
of the repeaters of this ryokan was Fusakichi Matsui, the founder of Matsui Securities (later the pioneer of
online securities trading in Japan), who built and donated a shrine next to the Tōnosawa station of HTR.

小田急が新宿から直通客を続々と運び込む箱根湯本駅から登山線で僅か1駅の塔ノ沢は、環翠楼や福住楼など古くからの名旅館が早川沿いに佇む別世界になる。明治建築が残るこの福住楼(登録有形文化財)には「電話室」内に(公衆電話はもう存在しないが)箱根湯本で4番目の電話回線が引かれた事を示す「湯本四番」という札も残る。福澤諭吉・夏目漱石・島崎藤村・川端康成等錚々たる文人に愛されたこの宿のリピーターの一人に、後に日本におけるネット証券の草分けとなった松井証券の創業者、松井房吉もいた。彼は福住楼最寄駅の塔ノ沢北面に神社を寄進し、神社と一体化した珍しい駅となった。



Tōnosawa station squeezed between two tunnels

2つのトンネルに挟まれた同駅は2両編成時代は乗客用構内踏切があったが3両編成化で廃止され、神社がある上りホームと無人改札のある下りホームとの移動には樹木が覆い被さるトンネルの上を徒歩で越える必要がある。



The torii-gate of the Fukasawa Zeniarai Benten Shrine at Tōnosawa
Station shows the border between the secular and sacred worlds

下りホーム強羅寄りがそのまま神社の入口になっており(改札も無い)、高木でほの暗い境内に参道が続く。高名な相場師が勧請したこの深澤銭洗弁天神社は金運向上にご利益があるという。

 


Bottom left: The Germans may not be happy to see this symbol in this coloring scheme –
The 卍manji (swastika), one of the religious symbols in Buddhism, was used as a symbol
for the Aryan race by Adolf Hitler and has been associated with Nazism, fascism and racism.

境内は意外と奥深く、駅に神社が付属しているのか神社に駅が付属しているのか分からない。並んでいる鳥居の一つは横の池を向き、銭洗弁天というだけあって清水が湧く。なぜ蛙の石像が多いのか謎だが水と親和性はありそうだ。



Spooky Tōnosawa station at night – Lack of car access to this
station preserves its unexplored atmosphere in deep mountains.

無人駅で車道も接しない塔ノ沢は、1日の乗降客数が箱根登山鉄道線最小(60人前後)の秘境駅でもある。水のせせらぎと風が渡る音しか聞こえない山の静寂の中、トンネルの奥からド・ドン、ド・ドン・・と低い太鼓のような音がゆっくり鳴り響くと(本当に太鼓のように聞こえた)電車到着の合図だ。

 
5 聖域を走るその他の鉄道 / Other railways at religious sites
 

箱根は以上だ。以下、宗教施設と鉄道が融合している例を4つばかりご紹介して本号を終える。騒音が避けられない鉄道は静寂が要求される宗教施設から離して敷設される場合が大半だが、種々の経緯でそうはいかない場合もあるようだ。



横須賀線初のインバーター制御車、E217系(1997年~)の後継E235系1000番台への置換が
2020年末から始まった。独特の半流線形ブラックフェイスが見られるのもそう長くないだろう。
The track of the Yokosuka line cuts across the precincts of the Enkakuji-Temple (national treasure)
built in the 13th Century to honor the Japanese and Mongolian soldiers who died during two attempts
by the Mongolian Empire to conquer Japan. The line was constructed to connect the Navy base in Yokosuka
with the Tokaido main line when the imperial army enjoyed huge power under the former Constitution.

鎌倉幕府8代執権、北条時宗が元寇第66話参照)時の日蒙両軍の死者を悼んで建立した円覚寺の元境内を、横須賀線が突っ切る。横須賀の軍港と東海道線大船を最短で結ぶ為に、当時強大な権力を有していた軍部の力で境内に線路を引いたという。史跡・国宝・重文オンパレードの名刹を線路でぶち抜くなど今日では考えられない。貨物線と湘南モノレールを含め13線もある大船駅から僅か一駅で苔生す石橋のある鄙の風景に一変するコントラストの大きさは、箱根湯本~塔ノ沢間の落差に近い。



ここに祀られる鎌倉権五郎景政は後三年の役(11世紀末)で源義家側の武将で、自らの左目を射抜いた
敵を倒して帰陣後、顔に足をかけて矢を抜こうとした友人に顔を踏む非礼を咎めた逸話で有名だ。日清戦
争以降戦死した氏子も祀られている為か、左派系の人が目を剥くかもしれない「八紘一宇」の碑が立つ。
The track of the Enoshima Electric Railway crosses the quiet approach to the Goryō Shrine in Kamakura.

台湾リスが遊ぶ樹齢350年の大木に守られた鎌倉の御霊(ごりょう)神社境内は森閑としてほの暗い。桜の花びらがはらりと落ちる微かな音すら聞こえそうな静寂を破って江ノ電が無遠慮な轟音と共に参道を横切る。静謐な参道に電車が忽然と現れる唐突さは、第32話でご紹介したカフェに闖入するトラムと好勝負だ。



左下:特急大牟田行として太宰府駅を発車する西鉄6000形。この左右非対称の顔は不
気味で苦手だ。右下:駅と天満宮間の参道に3基並ぶ石鳥居は福岡県指定有形文化財だ。
During the new year’s holidays the platform of Dazaifu Station of the Fukuoka-
based Nishi-Nippon Railroad is ceremonially decorated like a shrine.

境内では無いが、正月の神社風装飾が美しい西日本鉄道太宰府駅ホームもご紹介する。太宰府天満宮の初詣期間中、神社の赤と天満宮のシンボル・梅の花を染め上げた布と古風な照明の放列は駅のホームとは思えない雅やかさで、大神社の回廊がそのまま延びてきたかのようだ。



上:炎と鍛冶の神、ヘーパイストス神殿最寄駅のThissioはテセウスのパラドックスで
有名なテセウス王に由来する。下:1985年まで木造電車も走っていた1号線からはギリ
シャの守護神アテナイを祀ったパルテノン神殿を戴くアクロポリスの丘も遠望できる。
Metro Line 1 in Athens passes by the Temple of Hephaestus – Since it is 25
Centuries old, it is now more an archaeological site rather than a religious site.

キリスト教やイスラム教のような一神教の教会やモスクの境内を突っ切る鉄道は思い浮かばないが、アテネ地下鉄1号線はヘーパイストスHephaestus神殿(上)脇を掠める。但し2500年も前の築なので軌道敷地が境内だったかどうかはわからない。仮に境内だったとしても、今日のギリシャは古代ギリシャ(日本神話や北欧神話同様の多神教だった)と異なりキリスト教(ギリシャ正教)国なので、宗教施設というより埋蔵文化財の上に軌道を敷かないよう注意が必要だったろう。


準急ユーラシアは引き続き関東にとどまり、次は房総半島に停車する。
Next stop of the Trans Eurasia Express: Chiba (JP)

 

(令和3年5月 / May 2021)
 

最新号へ
 
     
  H.I.S. London TOPページに戻る  
 
本連載の画像・音声・動画は引用注記の無い限り筆者が撮影・録音。
資料は各脱稿日現在の該当会社・団体のHP、WikipediaWebsite über die schnellsten Züge der Welt 各所掲のデータを参照したもので、それ以上の検証は行っていない。
意見にわたる箇所は全て筆者の私見である。
   
 
このページに関するご意見・ご感想・ご質問は
まで
 
     
 
コンピュータに動画用プログラムがインストールされていない場合はこちらからダウンロードできます。
 

 
   
 
 
     
 
Go to H.I.S.
H.I.S. London H.I.S. Wien
H.I.S. Zürich H.I.S. Cairo
H.I.S. Germany H.I.S. Amsterdam
H.I.S. Spain H.I.S. Italy
H.I.S. Turkey H.I.S. Moscow
       
H.I.S. London Blog
ロンドン雑学講座ブログ
 
相互リンクサイト
Railways in Germany
Social media